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小説『夜明けの町で』 東野圭吾 [小説]

'07年に発売された東野圭吾さんの作品です。文庫化は'10年。

不倫する奴なんて馬鹿だと思っていた。ところが僕はその台詞を自分に対して発しなければならなくなる――。
建設会社に勤める渡部は、派遣社員の仲西秋葉と不倫の恋に墜ちた。2人の仲は急速に深まり、渡部は彼女が抱える複雑な事情を知ることになる。15年前、父親の愛人が殺される事件が起こり、秋葉はその容疑者とされているのだ。彼女は真犯人なのか? 渡部の心は揺れ動く。まもなく事件は時効を迎えようとしていた……。

15年前の事件よりも、馬鹿にしていた不倫の恋に落ちた渡部の苦悩と葛藤を中心にした人間ドラマの要素が大きく、ミステリーを期待していると少々物足りないかもしれません。
それでも、「もはや男に分類されなくなった」年代になった渡部が恋に落ちて浮かれる様と、妻と幼い子どもを思い苦悩する姿はリアルです。不倫を扱ってはいますが、決して男の妄想で美化された馬鹿げた綺麗事に終わる事無く、家庭を壊す気はさらさら無いくせに愛人の前では誠実な男を気取る渡部の滑稽さと、それを憎みきれない生真面目さ、始めは「家庭を大事にして」と言いながらも、渡部の誠実な言葉にだんだんと態度が大きく厚かましくなっていく秋葉の姿、東野さんの観察眼が光る描写です。
知的でプライドが高く、駆け引き上手な秋葉。あまり魅力的な女性とは感じなかったのですが、彼女が抱える過去と謎めいた言動には惹き付けられます。「私を信じてほしい。」と言いながら、「時効の日が過ぎたら、全てを話せる。」と語る秋葉。読んでいる印象は「秋葉はシロなんだろうな」と思わせつつも、それを実証できるものが何もないばかりか、自分が犯人だと匂わせるような言動を取る秋葉にすっかり翻弄されてしまいました。
明らかになった事件の真相は、「秋葉をシロだとするならそれしか無いだろうな」というもので、いつもの東野さんらしい驚きはあまり無いように思います。ただ、15年もの間真相を隠し続け、そうせざるを得ない状況へ追い込んだある人物を憎み続けた秋葉の心根には感服しました。
そして全てが終わり、家へ帰りついた渡部が目にしたもう一つの真実。
そうだよ、一番苦しんだのはこの人なんですよね。女は怖い、そして強いんだと感じます。

「赤い糸なんてものはないんだ。(中略)赤い糸なんてものは二人で紡いでいくものなんだ。別れずにどちらかの死を看取った場合のみ、それは完成する。赤い糸で結ばれてたってことになる。」
渡部のアリバイ作りに渋々協力しながらも「早まった事をするな」と諭す友人・新谷の言葉です。これだけ見てもうまい事を言うなと思ったのですが、番外編として収録された『新谷君の話』と合わせて読むと、深みの増す言葉です。

余談ですが、この作品は東野さんがサザンオールスターズの楽曲『LOVE AFFAIR~秘密のデート』にインスパイアされて書かれたものだそうです。
1つ前の記事にこの楽曲を収録したアルバムについて書いていますので興味が湧きましたら合わせてご覧下さい。
以上、宣伝でした(笑)


夜明けの街で (角川文庫)

夜明けの街で (角川文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2010/07/24
  • メディア: 文庫



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エッセイ『月が言い訳をしている』 CHAGE [小説]

'94年に発売されたCHAGEさんの初エッセイです。

2部構成になっていて、前半はCHAGEさんの幼少期から学生時代、デビューしてからのこと、大ブレイクしたこの当時のエピソードが綴られています。
深夜ラジオのパーソナリティとしても人気を博したCHAGEさん。そんなCHAGEさんらしい明るく楽しげな語り口で、両親や友人・CHAGEさんを取り巻くスタッフ達への優しい想い、相方・ASKAさんに対する深い気持ちが様々なエピソードを通じて語られていて、CHAGEさんの温かい人柄を感じられます。
そして音楽に、CHAGE&ASKAに対するCHAGEさんの想いの熱さに胸を打たれました。
後半は'94年にCHAGEさんが超多忙なスケジュールの合間をどうにか確保して実現した、3週間のアメリカ旅行記が綴られています。
マネージャーやカメラマン等、気心知れた少人数のスタッフと共に経費を切り詰めた貧乏旅行。こちらも変に飾ったりすること無く、やんちゃで優しいCHAGEさんのストレートな語りに惹き込まれて自分も一緒にアメリカを旅したような気分に浸れます。
「本場のブルースを聞きたい」そんな想いから始まったCHAGEさんの旅。シカゴをスタートしてミシシッピー川を下りブルース発祥の地へ、そこから西へ向かいラベガスを目指すCHAGEさん達の旅は波乱万丈で、笑えるエピソードからちょっと深刻なトラブル、そしてそれらを打開していくCHAGEさんのパワーや、アメリカの雄大な自然の中で起きた奇跡とも言えそうな出来事に胸が熱くなりました。
旅を終えたCHAGEさんの充実した明るい顔が目に浮かぶようです。

単行本、文庫版共に、CHAGEさん自身がアメリカで撮った写真が収められています。
この旅より3年ほど前からハマッているというカメラ、プロ級の腕前の写真に感嘆しました。
最近ではCHAGEさん自身が撮った写真集も発売されており、好評のようです。

ASKAさんによる解説も、変わらない2人の関係性が垣間見えます。
なかなか手に入りにくい本となってしまいましたが、是非手にとって見て下さい。


月が言い訳をしてる (幻冬舎文庫)

月が言い訳をしてる (幻冬舎文庫)

  • 作者: Chage
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 1997/04
  • メディア: 文庫




月が言い訳をしている

月が言い訳をしている

  • 作者: CHAGE
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 1994/11
  • メディア: 単行本



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推理小説『日曜の夜は出たくない』 倉知淳 [小説]

倉知淳さんのデビュー作で「猫丸先輩シリーズ」第一弾となる短編連作集です。

今日も今日とて披露宴帰りに謎解きを始めた猫丸先輩。
新聞記事につられて現地へ赴くこともあれば、あちらの海では船頭修業。絶妙のアドリブで舞台の急場を凌ぎ、こちらでは在野の研究家然とする。飲み屋で探偵指南をするやら、悩み相談に半畳を打つやら…天馬空を行く不羈なるおかたである。
事ある所ないところ黒い上着を翻し、迷える仔羊の愁眉を開く、猫丸先輩ここにあり。

猫丸先輩の、好奇心旺盛で何にでも首を突っ込むくせにどことなく投げやりな態度、尊大で自信家、それでいて垣間見せる優しさは、陰惨な背景のありそうな事件に温もりを与えてくれる存在感があります。周囲の人から「変人」と評される自由奔放ぶりもまた魅力的です。
そして、飄々と現れては世間で騒ぎになっている変死事件の謎を解いて見せたり、かと思えばお伽噺の真相を探ったり、つかみどころのないキャラクターで登場人物を振り回しては謎解きを披露する猫丸先輩。どちらかというと安楽椅子探偵のようですが、「果たしてその推理が真相なのか?」という点にはほとんど興味が無いようです。特に一作目『空中散歩者の最期』では図を描いて変死体の謎を解いてみせているのですが、「そのトリックは物理的にあり得るのか?」と疑問が残ります。
猫丸先輩の推理が検証されないまま事件はその通りの結末を迎えていたり、また、各物語は一見繋がりの無い別々の事件に見えても、同じ登場人物が違う境遇で現れていたり、名前だけが他の作品でも出てきたりと、微妙な繋がりと奇妙な違和感を残しながら物語は進みます。
とはいえ、文章は読みやすく物語もテンポ良く展開するので、違和感はありつつも読みづらいといった事はありません。
そして、最後まで読み進めてようやく分かるこの作品群の仕掛けに驚かされました。探偵役の猫丸先輩が推理の検証には無頓着なのも、成立しなさそうなトリックで謎解きがされているのも、同じ登場人物が各物語に出てくる理由も、計算された上での事。これを踏まえて読み返すと疑問点は納得のいくものとなり、凝った仕掛けに感嘆しました。

身近にいたらたぶん迷惑な人であろう猫丸先輩の憎めないキャラクターに、作者の鋭い観察眼から生まれる登場人物の心理や事件の情景、盲点を突いた謎の数々、一度読んだらクセになる作品です。


日曜の夜は出たくない (創元推理文庫―現代日本推理小説)

日曜の夜は出たくない (創元推理文庫―現代日本推理小説)

  • 作者: 倉知 淳
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1998/01
  • メディア: 文庫



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小説『白銀ジャック』 東野圭吾 [小説]

実業之日本社文庫から出版された東野圭吾さんの作品です。

「我々は、いつ、どこからでも爆破できる。」
年の瀬のスキー場に脅迫状が届いた。警察に通報できない状況を嘲笑うかのように繰り返される、山中でのトリッキーな身代金奪取。雪上を乗っ取った犯人の動機は金目当てか、それとも復讐か。
すべての鍵は、一年前に血に染まった禁断のゲレンデにあり。
今、犯人との命を賭けたレースが始まる。

最初から文庫で発売されるのは非常に助かります(笑)
スキー場に爆弾を仕掛けたという脅迫メールと、不可解な犯人の指示。利益を優先する経営陣と、安全性を優先する現場の管理者の対立、そして今尚従業員の心に影を落とす一年前の大事故。事故があってから閉ざされているゲレンデ側の町は廃れていくばかり、どうにかゲレンデを開放してほしいと願い出る町長を始めとする町の人々。事故に遭って心に傷を負った息子に現実と向き合わせたいと考えスキー場を訪れた入江父子。
事件と平行して描かれる閉ざされたゲレンデを巡る物語は、意味深なタイミングで現れる様々な登場人物の思惑と絡んで読み手を惹き付けていきます。
スキー場を脅迫する動機を持つ人物は様々に考えられるのですが、誰を犯人と想定しても違和感が残ります。犯人と事件の真相を予測する伏線があちこちに張られているのはわかるのですが、一番強い動機を持つ入江はどう見てもシロなのに中盤で灰色に見えてきたりなど、二転三転する状況が犯人の特定をさせてくれず、スピーディに展開する事件に最後まで目が離せません。

明らかになった事件の真相は予想を超えたいくつもの複雑な背景があり、脅迫状の意味とそこに込められた想いに深く納得、そして事件の発端となった人物のその後の行動には強い憤りを感じました。
そしてクライマックスで明らかになったゲレンデに関するもう一つの事実と、それに対する登場人物の言葉に胸を打たれます。東野さんの、人に対する優しい目が向けられているシーンだと感じました。

ウィンタースポーツを愛する登場人物達の熱い気持ちに共鳴し、ちょっとしたロマンスもあり、スキー場経営の裏側や、心の傷などただの事件で終わらないテーマ性もあり、東野さんらしい重厚感を求めてしまうと少しもの足りませんが、しっかりと楽しませてくれる作品です。


白銀ジャック (実業之日本社文庫)

白銀ジャック (実業之日本社文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2010/10/05
  • メディア: 文庫



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SF小説『MORNING GIRL』 鯨統一郎 [小説]

鯨統一郎さんが翻訳を手掛けた作品です。

「このところ眠れなくて」
スペースアイランド"飛翔"で暮らすスティーブ・レイン(23歳・男性)は、人体コンディショナーの許に相談に行った。
しかし、睡眠時間の減少は、地球に住む人類全体にも広がっていた。人はなぜ眠るのか? どうして、睡眠時間が減っているのか? 
壮大な謎が、いま、解き明かされる!

翻訳を手掛けた鯨統一郎さんのまえがきによると、この作品はアーサー・J・クック三世という無名のSF作家の未発表作で、出版化を望んでいたにも関わらず知人に原稿を託した後行方不明になったそうです。
鯨統一郎さんは、知人から送られてきたこの原稿を読んで日本で出版する事を希望、そして編集者の意向で鯨統一郎さんの作品として扱う事になった経緯があるそうです。
が、これをそのまま鵜呑みにしていいものかどうか判断に迷うところです。常にエキセントリックなアイデアで読み手を楽しませてくれる覆面作家・鯨統一郎さん。このまえがきから既に物語の幕は開いているのかもしれません。
所々で台本風の書き方になっていたり、主語が誰なのかがわからなくなる入り乱れた文が見受けられるのですが、原文のままなのか、それとも……?

物語は作家・スティーブが「眠れない」と訴えてくる所から始まります。相談を受けた人体コンディショナー・エドナは最近眠れない人が増えている事、そして彼らが睡眠不足にも関わらず健康には何の影響も出ていない事に気付きます。そして睡眠学者・ダイアンに相談に行ったスティーブは、"飛翔"内だけでなく地球で暮らす人類にも眠れない人が増えていると知り、ダイアンを中心に調査を進めていきます。
「睡眠とは何なのか?」「どうして人は眠るのか?」「睡眠中に見る夢は何なのか?」
未だ解明されていないこの謎に対する一同のディスカッションは、科学的に納得のいくものから突拍子もないけど説得力を感じさせる説まで様々で、作者の発想力の豊かさに感嘆します。
この謎とはまた別に、ダイアンの調査を邪魔する存在もあり目が離せません。ダイアンの許を訪れたスティーブは彼女と惹かれ合っていきます。宇宙空間での出産は胎児にも母体にも高い危険が伴うという理由で、性行為が禁止され、性欲も飲料水に混ぜられた物質によって完全に抑制されている状況であるにも関わらず2人は惹かれ合い、やがてダイアンの妊娠が発覚します。飛翔の最高責任者・バーナードは、規律違反を犯したダイアンを睡眠減少を調査する正規プロジェクトから外し、地球へ強制送還させようとしますがある事情により失敗、その後も独自のプロジェクトチームを組んだダイアンを妨害しようとします。一体なぜ、彼ら2人だけが強く惹かれあったのか? バーナードがダイアンを妨害しようとするのはなぜなのか? 様々な謎と思惑が絡み合い進む物語に惹き込まれました。

動物は眠らないと死んでしまうと言われています。
「なぜ睡眠時間が減っているのか?」「このまま睡眠時間がゼロになったらどうなってしまうのか?」
この物語最大の謎が明かされていく過程は何とも壮大で、荒唐無稽ともとれる展開に賛否両論あるようですが、私は楽しめました。こんな解釈もアリではないかと思います。

鯨統一郎さん流の弾けた新解釈が楽しめる1冊です。


MORNING GIRL (講談社文庫)

MORNING GIRL (講談社文庫)

  • 作者: 鯨 統一郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2010/06/15
  • メディア: 文庫



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小説『鹿男あをによし』 万城目学 [小説]

テレビドラマ化もされた万城目学さんの作品です。

大学の研究室を追われた二十八歳の「おれ」。
失意の彼は教授の勧めに従って奈良の女子高に赴任する。ほんの気休めのはすだった。英気を養って研究室に戻るはずだった。渋みをきかせた中年男の声で"鹿"が話しかけてくるまでは。
「さあ、神無月だ――出番だよ、先生。」
彼に下された謎の指令とは?
事を舞台に展開する前代未聞の救国ストーリー。

神経衰弱と言われ産休代理教師として奈良へ行く事を進められる主人公。夏目漱石の『坊ちゃん』を連想させる導入部から、人語を喋る鹿(しかも渋みのきいた中年声でありながらメス)に告げられたわけのわからない使命、赴任先の女子高で何故かつっかかってくる担任クラスの生徒・堀田イト、京都・大阪・奈良の姉妹校で開催される「大和杯」に、日本神話や古代史が絡み、次第に目を離せない展開になっていきます。
鹿は唐突に「先生は"運び番"に選ばれた」と告げ、混乱する先生と読者をよそに「京都で狐の"使い番"から"目"を渡されるからそれを持ってくればいい。」と続けます。それは"サンカク"とも呼ばれる神宝だとだけ告げ、使い番は誰で目とは何なのか、そもそも何のためにそれが必要なのか、など一切鹿は説明しないまま事態はどんどん進んでいきます。
まるで計ったかのようなタイミングで赴任先の高校で開催される「大和杯」。急遽、部員3名の剣道部顧問に就かされ暗澹たる気持ちになる先生ですが、大和杯剣道の優勝カップが"サンカク"と呼ばれている事を知り一念発起、頼りないこれまでの印象を覆していく先生の行動力に惹き付けられます。さらに、剣道部へ入部を希望してきた堀田イト。圧倒的な実力を見せた彼女と、「やる前から諦めるな」と語る先生と真摯な表情を向ける部員達の短くも熱い日々、そして迎えた試合の日。「諦めるな!」と叫ぶ先生と大和杯獲得への執念を見せるイト。臨場感と緊迫感に満ちた試合に思わず力が入りました。
そして待ち受けていた新たな展開。イトが先生に突っかかってきた理由や、大和杯を前に剣道部へ入部してきた意図も明らかになります。そして二転三転する先生の使命の行方に目が離せなくなります。
1800年も前から古都でひっそりと続けられてきた儀式。奈良の鹿、京都の狐、そして大阪の鼠が、180年毎の神無月――神々が出雲へ出払ってしまう時期――に、人間を護るためにある儀式を行っている、幻想的な設定ですが謎の多い古代史と絡めてとても魅力的な流れになっています。
人間のためとはいえ、鹿達は人間に肩入れするわけではなくあくまでも超然としているのも魅力です。そして何故鹿達が、当の人間すら忘れてしまった超自然の儀式をいつまでも行っているのか? 鹿が語ったそれぞれの秘めた想いにも心打たれました。

使命を果たし、急遽高校を解任された先生。
ラストシーンも爽やかでちょっぴり切なくてジーンとします。


「人間は文字に残しておかないと、どんなことでもいつかは忘れてしまうんです。」
印象に残った台詞の一つです。この物語を読み終えて、それって淋しい事かもしれないと思いました。


鹿男あをによし (幻冬舎文庫)

鹿男あをによし (幻冬舎文庫)

  • 作者: 万城目 学
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2010/04
  • メディア: 文庫



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小説『流星ワゴン』 重松清 [小説]

'02年に刊行され吉川英治文学賞を受賞した重松清さんの作品です。
'05年に文庫化されています。

死んじゃってもいいかなぁ、もう……。
38歳、秋。その夜、僕は、5年前に交通事故死した父子の乗る不思議なワゴンに拾われた。
そして―自分と同い年の父親に出逢った。時空を超えてワゴンがめぐる、人生の岐路になった場所への旅。
やり直しは、叶えられるのか―?

リストラ、妻の裏切り行為、息子の中学受験失敗と家庭内暴力。どん底の日々に生きる気力を無くした主人公・一雄は、終電後の駅のロータリーでオデッセイに乗った橋本さんと8歳の息子の健太君に出逢いました。自分達は5年前に交通事故を起こして死んだのだと告げる彼らは、「(一雄にとって)大切な場所へと連れて行く」と言ってオデッセイを走らせます。
行き着いた先は、妻・美代子の裏切りの場面や息子・広樹が追い詰められていく様、家庭が崩壊してゆくいくつかのきっかけを目の当たりにし、何とか過去を変えようとあがく一雄。特に、受験に失敗し荒れてしまった広樹を救おうとあがき、そしてかつては気付けなかった広樹の気持ちと彼を取り巻く状況を知ります。けれど現実は変わる事無く、待ち構えているどん底の日々は変わりません。
ならば何故、橋本さん親子は一雄を過去へ連れて行くのか。重い後悔を背負った人を乗せて過去へ旅するのだという橋本さん。
「分かれ道はたくさんあるんです。でも、その時は何も気付かない。(中略)気付かないまま、結果だけが、不意に目の前に突きつけられるんです。」
という橋本さんの言葉が印象深く響きます。悲劇は突然起きるものというわけではないのかもしれません。
そしてどこからともなく現れた38歳の時の姿の父・忠雄。短気で気性も言葉遣いも荒く、子どもの頃の一雄にとっては怖い存在だった父。次第に父への嫌悪感が増し、分かり合えないまま故郷を出た一雄と、末期がんで余命いくばくもない忠雄。オデッセイでの過去への旅の中で、忠雄は自分を「チュウさんと呼べ」と言い、親子でありながら同い年の男同士、親友よりも深い絆で結ばれる朋輩として接しようとします。子どもの頃は言えなかった父への気持ち、知り得なかった自分への愛情、豪放な父の隠されていた弱さ、昔と変わらない父の態度に反発しながらも、同じ年になって同じ視点に立って初めて"親"という存在が完全無欠なものではないという事に気付いていく様と、嫌悪していた父を理解し受け入れていく過程にジーンと心動かされます。そして忠雄がチュウさんとして接し息子の本音を初めて聞き、すれ違っていた想いに気付きつつも変わらず子どもの事を想う気持ちに胸を打たれました。

そして、これまでにも何人もの人をオデッセイに乗せて過去へのドライブを続けている橋本さん父子。人の良さそうな橋本さんと生意気だけど憎めない健太君、一雄が羨ましさを感じる程仲のいい2人の間にもある深い後悔があります。事故のきっかけを作ってしまったのは自分なんだと自嘲気味に笑う健太君に胸が痛みました。
そしてこの永遠に続くドライブから健太を解放してやりたいと、健太は成仏して生まれ変わって欲しいと願う橋本さんの想いと、それに対して健太君が出した答えに涙が止まりませんでした。

過去への旅を終えてどん底の現実に戻ってきた一雄ですが、彼の心にはもう死を願う気持ちはありません。
大団円ではないけれど、希望を見出せるラストシーンでした。

過去をやり直すことは出来ないし、どんなに過酷な現実でも生きていかなきゃならない。今を生きこれからの未来を変えていく力をくれる作品だと思います。

そしてこの作品は来年、演劇集団キャラメルボックスによって舞台化される事が決まりました。
3組の父子の物語、どんな舞台になるのか楽しみです。
が、一雄の妻・美代子の行為をどうするのか気になります。
不特定多数の男性とその日限りの関係を、お金ではなく自分の欲求を満たすために持つ-病気としか思えない彼女の行動。キャラメルボックスの作風に全くそぐわないですし、ばっさりカットでしょうか。
けど、彼女の行為も一雄のどん底の現実の一部ですし……。



流星ワゴン (講談社文庫)

流星ワゴン (講談社文庫)

  • 作者: 重松 清
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2005/02/15
  • メディア: 文庫



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小説『使命と魂のリミット』 東野圭吾 [小説]

今年2月に文庫化された東野圭吾さんの作品です。
(※ややネタバレあり注意)

「医療ミスを公表しなければ病院を破壊する」突然の脅迫状に揺れる帝都大学病院。
「隠された医療ミスなどない」と断言する心臓血管外科の権威・西園教授。
しかし、研修医・氷室夕紀は、その言葉を鵜呑みにできなかった。西園が執刀した手術で帰らぬ人となった彼女の父は、意図的に死に至らしめられたのではという疑念を抱いていたからだ……。
あの日、手術室で何があったのか? 今日、何が起こるのか?
大病院を前代未聞の危機が襲う。

医療用語など専門用語が多く出てきますが、わかりやすく書かれていて引っかかる事無く読み進められます。
全編に渡って立ち込める緊迫感に、ページをめくる手が止まりませんでした。
帝都大学病院を脅迫した人物の正体は早い段階から読み手には明らかになり、彼の目的と犯行の手際も徐々に語られて行きます。犯人である彼・直井穣治の視点と、氷室夕紀の視点で物語が語られていくにつれ、それぞれの登場人物との意外なつながりや過去が明らかになり、事態は当初とは予想も付かない方向へと進んでいきます。
とくに警察官だった夕紀の父・健介と西園医師の関係は、夕紀に新たな疑念を抱かせ物語を別の方向へと導いていきます。名医と言われ多くの医師の尊敬を集める西園。夕紀自身も彼の下で学び、西園の優れた技術や医師としての在り方を目の当たりにし尊敬の念を抱いていますが、「それほどの名医が何故父を救えなかったのか?」という拭い切れない疑念を抱き続け、そして疑いに拍車をかける事実が明らかになります。読んでいても西園医師に何ら後ろ暗い面は見受けられないのですが、この事実には少しぐらつかされました。
そして、直井穣治は着々と計画を進めていきます。帝都大学病院に看護師として勤める真瀬望に近付き病院の情報を得ながら、計画を進める穣治。彼は何を想って犯行に臨んだのか。彼のやり場のない怒りと絶望、そして自分に愛されていると信じる望を利用している事への罪悪感が切なく胸に迫ってきます。
ある人物の手術中に起きた非常事態。穣治の計画通りに事は進み、手術に臨んでいた西園や夕紀達は窮地に陥ります。手術の続行が困難な状況で、それでも患者を救おうと知恵を絞り最善を尽くす西園達の姿に心打たれました。
そして、良心と怒りの間で揺らぐ穣治の心を動かした望の言葉と、手術後に西園と夕紀が交わした会話に涙が溢れます。
独りきりで抱えてきた穣治の怒りや夕紀の疑念、それが昇華していく様は温かく優しい読後感が残りました。

「人間というのは、その人にしか果たせない使命というものを持っている」
かつて健介が夕紀に語った言葉で、夕紀の支えとなっている言葉です。
人として、社会の一員として、自分の使命とは何だろう? 自分に出来る事は何だろう?
困難な状況にあっても、それを全うする事が出来るだろうか?
色んな事を考えさせられた作品でした。


使命と魂のリミット (角川文庫)

使命と魂のリミット (角川文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2010/02/25
  • メディア: 文庫



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小説『1Q84』 村上春樹 [小説]

先月第3巻が発売され話題になっている村上春樹さんの最新作です。

1984年。
スポーツジムのインストラクターをしている青豆は、ある"普通でない"体験から、月が2つ浮かぶ世界へ移動してしまう。少しずつ歴史が変更されたその世界を青豆は「1Q84年」と名付ける。
同じ頃、作家志望の天吾は、懇意にしている編集者から新人賞に応募された原稿の書き直しを半ば強引に依頼される。その原稿『空気さなぎ』の作者である深田絵里子の同意を得て、天吾は原稿のリライトを手掛ける。見事に新人賞を受賞した『空気さなぎ』―リトル・ピープルなるものが暗躍し、月が2つ浮かぶ世界の物語―はベストセラーとなる。その後、天吾はいくつかの奇妙な事態に遭遇し、そして空に月が2つ浮かんでいる事に気づく。
互いに孤独な子ども時代を過ごした青豆と天吾。2人が「1Q84年」の世界で見るものは。20年前にほんの僅かな時を共に過ごし、秘かに互いを求め合った2人は、この世界で出会う事が出来るのか。

大雑把にあらすじを書いてみましたが、語れば語るほど見当違いの方向へ行ってしまうような気がします。
そこかしこに散りばめられた春樹さんらしい言い回しや人物描写、台詞が相変わらず魅力的です。
謎めいた教団「さきがけ」と1Q84年の世界に実在するリトル・ピープルの関係とその目的、リトル・ピープルの物語を書いた深田絵里子の神秘的な存在感、追うものと追われるものの緊迫感、心に闇を抱えた孤独な人々、どれも物語にそれぞれの色を添えこの世界に惹き込んでいきます。
まだ一度しか読み通していませんが、おそらく何度読み返してもその度に違った色合いが見えてくるのではないかと思います。

「説明されなきゃわからんという事は、どれだけ説明されてもわからんという事だ。」
作中で天吾の父親が天吾に対して言い放った言葉です。
明かしきれていない謎もあったり、新たな謎が見えたまま結末を迎えていたりしますが、この台詞が示すとおり、謎のままになった事柄はどれだけ作者が言葉を重ねても、その真意は量れないものなのかもしれないと思います。説明されてもまたそこに説明を求める堂々巡りになるのではないでしょうか。
結末で見えた新たな謎。それは決して重苦しいものやもやもやした読後感を残すものではなく、明るく満ち足りた余韻を残しています。

印象的な登場人物や台詞の数々、謎めいた物語にまた浸り続けたいです。

この物語の前日譚である「BOOK 0」発売の噂を聞いたのですが本当に出るのでしょうかね。
「BOOK 1」が4月で始まり「BOOK 3」が12月で終わっていて、1~3月が無いですし有り得なくはないかもしれません。


1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 1

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/05/29
  • メディア: ハードカバー



1Q84 BOOK 2

1Q84 BOOK 2

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/05/29
  • メディア: ハードカバー



1Q84 BOOK 3

1Q84 BOOK 3

  • 作者: 村上春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/04/16
  • メディア: 単行本



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小説『カイルの森』 銀色夏生 [小説]

詩人・銀色夏生さんによる物語です。

水色と灰色と若草色がまざったような気配をもつ、美しい星に暮らす少年カイル。
両親をなくし、園芸家として働きながら、優しい魔術師や個性的な妖精たちと平和な日々を送っていた。
しかしある時、森の奥から黒々とした不穏な影が忍び寄る。武器を持って立ち向かおうとする人々を前に、カイルがとった行動は……?!

詩人の銀色夏生さんらしい透明感溢れる純粋で優しい物語でした。
森の美しい情景や、カイルを慕う無邪気で純粋で個性的な妖精たちとのやり取りに心温まります。
好奇心旺盛な妖精たちは色んな事をカイルに聞きに来るのですが、それに対してカイルはとても真摯に答えます。
「願い事は、未来の自分にするんだよ。」
「仕事は楽しくやらなくちゃ。目の前の、与えられた仕事、どんな事でも目も前の事を、とくかくひとつひとつ楽しくやる事が、階段を上るって事なんだよ。」
「よくわからないものには、とりあえず敬意を払っておくんだ。」
「悲しみの中にも喜びの種があって喜びの中にも悲しみの種があるんだ。どちらも感じ取れるようにならないとね。」
「無自覚って、罪だし、強さでもあるし、罠でもある。」
「悪意は敵じゃない、僕らの一部なんだ。」
(本文より抜粋)
カイルの数々の言葉や、カイルの想いがこもった詩に、はっとさせられたりジーンと胸が温まったり、カイルの人を愛する優しく強い心を感じて惹き付けられました。
そしてカイルを取り巻く人々、育ての親である魔術師やカイルを慕う妖精たち、この星の王子でカイルの友人のレイク、町で会った少女・スフレ、彼らの言葉や何気ない行動も優しい温もりに満ちていて、読んでいて明るく優しい気持ちになれます。

この星の先代の王は、町の中から悪意を一掃するために、自分の悪意や憎しみを吐き出す廃棄所を森の奥深くに作りました。住民の家ごとに付けられたダスト・シューターに、悪い考えや負の感情を言葉にして吐き捨てる法律を作ったのですが、長い長い時を経て、ダスト・シューターから送られた人々のたくさんの悪意は1つになり、意志と実体を持った魔物となり森の草木を枯らしながら少しずつ町の方へ近付いて行きます。退治に出かけた者は誰一人帰ってこず、魔物は妖精たちや人々の暮らしに暗い影を落とします。
ある日、ついにレイク王子は魔物に総攻撃を仕掛ける事を決意するのですが、魔物の中に捕らわれている両親を見つけたカイルは父と会話し、魔物を無力化させる方法を教わります。
「憎しみに対して、戦う武器は憎しみじゃない。(中略)憎しみをとかすものは、愛しかないんだよ。」
兵器による攻撃を受けて凶暴化して襲い掛かってくる魔物に、愛情や信頼を込めた想いを送るカイル、そしてカイルと父の会話を聞いたレイク王子や住民たちも同じように温かい想いを送るシーンは、とても静かな戦いですが胸を熱くさせてくれました。

「愛」という言葉がこの物語には何度も出てきます。
愛という言葉は、時には嘘くさかったり薄っぺらに感じられたりもしますが、その意味するもの、そこに存在するものはとても強く大きくて、それでいて優しく温かく包み込むもの、生きていく上でなくてはならないものなんだと感じました。
キラキラと心が洗われ、温かく純粋な気持ちになれる物語です。



カイルの森 (角川文庫)

カイルの森 (角川文庫)

  • 作者: 銀色 夏生
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2010/03/25
  • メディア: 文庫



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