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小説『アーモンド入りチョコレートのワルツ』 森絵都 [小説]

クラシックピアノ曲をモチーフに、中学生の少年少女達の珠玉の一時を綴った3つの物語が収められています。

『子どもは眠る ―ロベルト・シューマン<子どもの情景>より―』
夏休みになると、5人の従兄弟達が海辺の別荘に集まり子どもたちだけで2週間を過ごすのが、夏の彼らの楽しみだった。最年長の章は5人のスケジュールを管理し、そして夜10時になると決まって皆にクラシックピアノのレコードを強制的に聞かせていた。
ある日、些細な事から恭は章が皆の行動を厳しく管理したりピアノを強制的に聞かせる事に反発を感じる。そして恭と同い年の智明と、一つ年下の義彦(通称・ナス)も同じように章に反発を感じていた事に気付く。それは、5年間繰り返されてきた夏の日々が終わる兆しだった―。

『彼女のアリア ―J・S・バッハ<ゴルドベルグ変奏曲>より―』
不眠症に陥った中学3年生の僕は球技大会を抜け出し、今はもう使われていない旧校舎へと潜り込んだ。元音楽室から聞こえてきたピアノの音に呼ばれるように扉を開けると、ピアノを弾いている藤谷りえ子がいた。同じく不眠症だと言う彼女は僕を励まし、また自分が眠れなくなった原因として驚くべき家庭事情を話し始める。僕の不眠症はぱったりと治ったが、藤谷と過ごしたかった僕は治った事を隠し彼女の話に耳を傾けていた。だが、藤谷の真の姿を知り傷ついた僕は彼女を責めてしまう。そしてわだかまりを抱えたまま、卒業式の日がやってくる……。

『アーモンド入りチョコレートのワルツ ―エリック・サティ<童話音楽の献立表(メニュー)より>―』
13歳の奈緒はクラスメイトの君絵と共に、風変わりなピアノ講師・絹子の下でピアノを習っていた。ある日、ピアノ教室に突然奇妙なおじさんが現れる。フランスから来て絹子の家で暮らしていると言う彼は、絹子が敬愛する作曲家エリック・サティに良く似ていて、他の生徒が敬遠する中、君絵と奈緒は彼を「サティのおじさん」と呼び懐いていく。レッスンの後、絹子とサティのおじさん、君絵、奈緒の4人はレッスン室でワルツを踊る。紅茶の湯気とバタークッキーの香りと共に踊る幸福なきらきらした時間。だが、幸福な時間は長くは続かなかった―。

どの作品にも共通しているのは、10代の頃特有の「煌く時間」の終わり。私も10代の頃には「このまま時間が止まればいいのに」と何度も思ったことがあります。でも時は決して止まらない。3つの物語では、楽しい時間の終わりを描いているにも関わらず、読後感は淋しいものではなく優しい温もりが残ります。煌いていた時間は終わってしまってもう二度と戻ってこないけれど、光の残像はまだそこかしこに漂っているような、時間が過ぎて色んなものが変わっても、悲観する事無く前に進んでいける力をもらえるようです。
一人称で語られる柔らかい文体と優しい物語は、嘘も傷もそこにあるもの全てを受け入れて生きていける強さを示してくれているように感じました。

時間が過ぎていくという事、成長していくという事は、世界は煌いているだけじゃないと知ってしまう事でもあります。この物語は、そんな美しいだけじゃない世界を受け入れ、それでも温もりや優しさを失わずにいる大きな力を与えてくれます。主人公達は中学生ですが、大人が読んでも充分に共感できる、いや、大人になってしまったからこそ共感できる作品です。


アーモンド入りチョコレートのワルツ (角川文庫)

アーモンド入りチョコレートのワルツ (角川文庫)

  • 作者: 森 絵都
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2005/06/25
  • メディア: 文庫



タグ: 小説 森絵都
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