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小説『人質カノン』 宮部みゆき [小説]

'01年に出版された宮部みゆきさんの短編集です。

「動くな」。終電帰りに寄ったコンビニで遭遇したピストル強盗は、尻ポケットから赤ちゃんの玩具、ガラガラを落として去った。事件の背後に都会人の孤独な人間模様を浮かび上がらせた表題作、タクシーの女性ドライバーが遠大な殺人計画を語る「十年計画」など、街の片隅、日常に潜むよりすぐりのミステリー七篇を収録。

七つの短編どれもがとても深く読み応えがありました。
生きる気力を失った人々、単調な日々を漫然と過ごす人々、そんな人達に生きる活力を与えてくれます。
中でもお気に入りなのが『八月の雪』です。
いじめを苦に自殺したクラスメイト、そしていじめグループの連中は何の罪にも問われずのうのうと生きている。その事に憤りや後悔を感じていた充は、ある日いじめグループの暴言に反論、逆ギレした彼らから逃げトラックにはねられてしまいます。片足と同時に生きる気力も失い、学校に通うのを止め引きこもりになった充の「こんな理不尽で不公平な世の中で、立ち直って生きていく価値があるのか教えてほしい。」といった旨の言葉に心が痛みました。もしも同じ事を問い掛けられたら、きっと言葉に詰まってしまうでしょう。
そうして殻に篭もってしまった充は、亡くなったばかりの祖父の文箱から遺書のような手紙の存在を知ります。死を覚悟した祖父が、その後の人生をどう生きてきたのか。両親に尋ねても「戦時中のものじゃないか?」というくらいしかわからず、興味を覚えた充は年賀状を頼りに祖父の友人の連絡先を探します。家族以外とは話す事も無かった充が、見ず知らずの人に電話をかけ知りたい事を手繰り寄せていく姿は、捨て鉢で抜け殻のようだった彼が確実に変わっていく様を見せてくれます。
ようやく辿り着いた祖父の過去は、まだ中学生の充には理解の難しい出来事でした。それでも、当時の祖父をよく知る柴田老人から聴いた話は充の心を動かします。一通り当時の事を語り「懐かしいなぁ」と言った柴田老人。そして若干二十歳で、それまでの価値観がひっくり返されるような事を、死を覚悟せざるを得ない辛く恐ろしい状況を経験し、それでもその後の60数年を生きてきた祖父は何を思っていたのか。祖父が元気な時でもあまり言葉を交わさなかった充は、その後ずっと考えを巡らせます。そして祖父が体験した事を知りたい、知らなくちゃいけないと決意し、それが死を覚悟するまで追い詰められても、立ち上がって生きていく事の意味を見出す事に繋がると感じます。理不尽な目に遭いずっと捨て鉢でふてくされていた充が、わずかでも生きていく希望を見つけようとする姿に胸を打たれました。

どの作品も、失望し生きる事に疲れている人達を無責任に応援するのではなく、自発的に生きる活力を得る手助けをしてくれるような、宮部さんの温かく力強いエールを感じました。
お勧めの作品です。


人質カノン (文春文庫)

人質カノン (文春文庫)

  • 作者: 宮部 みゆき
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2001/09
  • メディア: 文庫



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コメント 2

くにちゃん

充はまちがってないのに、トラックはねられて無残にも足も失う。
自分が充だったら、同じだっとおもいます。ふさぎこんで学校にもいかないでしょうね!でも!ふさぎこんでも、自殺した友人が戻ってくるわけではないので・・・・・・どんなどん底になったとしても、生きてる限りチャンスがあると思いました。ほとんど話をしなかった祖父の友人をさがして話をきく!充は完全に立ち直って前に進む^0^素敵な本を紹介ありがとうございます。
by くにちゃん (2011-07-08 16:23) 

リュカ

>くにちゃんさん
私も充の立場だったらやっぱり同じようになったでしょうね。
でも仰るとおり、ふさぎこんでいても友人も失った足も戻らないのだから、生きていくしかないのであって。
周りの声が届かない程のどん底にいる中で、どうやって生きる力を取り戻すのか。
他の6編も素敵な作品でしたよ^^
機会があれば読んでみて下さいね♪
by リュカ (2011-07-08 21:05) 

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