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小説『地下鉄(メトロ)に乗って』 浅田次郎 [小説]

1995年に吉川英治文学新人賞を受賞した作品です。

永田町の地下鉄駅の階段を上がると、そこは三十年前の風景。ワンマンな父に反発し自殺した兄が現れた。
更に満州に出征する父を目撃し、また戦後闇市で精力的に商いに励む父に出会う。
だが封印された"過去"に行ったため……。

主人公・真次は何日かかけて過去へタイムトリップし、父・小沼佐吉の過去を目の当たりにします。
最初のタイムトリップは兄が自殺した日でした。彼の自殺を止めようと、真次は家を飛び出した兄を探し出して声をかけ、親戚だと偽って兄を家へ連れ帰る事に成功します。しかし、現在に戻ってきても兄はあの時死んでしまったまま。何故変えたはずの過去は変わらなかったのか?
謎を残したまま真次はタイムトリップを繰り返します。
現在の小沼佐吉は家族を犠牲にする事も厭わない、横柄で横暴で暴力的な人物として描かれていますが、少年時代の佐吉は蓮っ葉でしたたかではありながらも、面倒見のいい好青年として描かれています。戦争中や戦後の混沌とした時代を生き抜く佐吉の逞しく明るい姿に、現代人が失っている生きるエネルギーを感じました。
そして、真次の同僚のみち子もこのタイムトリップに巻き込まれ、共に少年時代の佐吉に遭遇します。家庭がありながらみち子と交際する真次。彼女がタイムトリップに巻き込まれたのはただそれだけの事なのかと思いましたが、終盤で思いも寄らぬ事実が明らかになります。淡々と真次との関係を続けていたみち子の隠されていた深く激しい想いと、彼女が真次の幸せを願って選んだ結末に圧倒されました。
終盤で明らかになる"封印された過去"。タイムトリップは何のために起きたのか? 何故兄は死んでしまったままなのか? みち子までが巻き込まれたのは何故なのか? 細かく張られていた伏線が収束し明らかになった事実と、そこに込められたそれぞれの想いに胸を打たれました。崩壊していたようで、本当は愛し合っていた家族。それでも死んでしまった兄。その時の佐吉の荒れようは序盤の回想シーンでは心無い言動に見えましたが、終盤の同じ場面では佐吉の悲痛な想いが伝わってきて涙が滲みます。そしてその後、過去の世界でみち子が取った行動。読んだ瞬間は「何故そんな事を」と辛い気分になりましたが、もう一度読み返してみるとみち子は真次の運命を変えたかったのだろうと感じました。
真次は父との確執を乗り越え、みち子の想いを受け取り、物語としてはハッピーエンドとなっていますが、読後感は温かいけれど切ないものが残ります。

父と子、家族の繋がり、愛する人の幸せ、色んなことを考えさせられる物語でした。


地下鉄に乗って (講談社文庫)

地下鉄に乗って (講談社文庫)

  • 作者: 浅田 次郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1999/12/01
  • メディア: 文庫




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