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小説『屋根裏の散歩者』 江戸川乱歩 [小説]

1925年に発表された江戸川乱歩の短編作品です。

世の中の全てに興味を失ってしまった男が見つけた、最後の楽しみ。それは、屋根裏を歩き回り、人間が決して他人に見せることのない醜態をのぞき見ることだった。このみだらな快楽の虜となった男は遂に、完全犯罪を目論むが――
(表題作『屋根裏の散歩者』)

語り手が読み手に向かって物語る形で綴られていて、読みやすいです。
しかし、読みやすい文体とは裏腹に物語はとてもダークで怪奇な世界を作り出しています。
屋根裏から覗き見る人々の生々しい姿。誰にも見られないはずの世界を垣間見る悪趣味な行動に取り付かれていくこの男・郷田の欲求がどんどんエスカレートしていく様は不気味で、それがかえって読み手を惹きつけていきます。
郷田が犯した犯罪。天井裏から毒を垂らして人を殺すという現実味の薄いトリックではありますが、そんな事を気にさせない力がありました。
犠牲者に選んだ男を生理的に嫌っていたというのもありますが、郷田の殺人の最大の動機は「犯罪への魅力」。元々歪んだ価値観を持っていた郷田ですが、友人を介して出会った探偵・明智小五郎の犯罪譚を聞き、その歪んだ性質に拍車をかけていきます。
殺人が成功した後、罪の意識を感じながらも事件が自殺として処理されようとしている事を知り、得意げになっている辺り郷田の歪みっぷりが窺えます。
郷田の罪を暴いたのは、彼を犯罪者へと間接的に導いてしまった明智なのですが、郷田の歪んだ性質を知った明智は、彼を犯罪心理の研究対象として興味を抱いていたような節があると語られていました。明知は自分がこれまでに出会った犯罪の話を聞かせる事で、郷田も罪に走ると予測していたのではないかと深読みしてしまいます。郷田が殺人を犯した3日後、疎遠になっていた彼の元へふらりと現れ「この下宿で毒を飲んで死んだ人があるっていうじゃないか」と話し出した明智にも、少々不気味なものを感じました。郷田の案内で現場を見た明智は自殺にしては不審な点を発見し、郷田のある変化から彼の罪を暴きます。確証を得る為に芝居を打ち、郷田を追い詰めた明智はこう言いました。
「僕は決して君の事を警察へ訴えたりはしないよ。(中略)君も知っている通り、僕の興味はただ『真実を知る』という点にあるので、それ以上のことは、実はどうでもいいのだ。」
その後茫然自失としている郷田に自首を勧めるような言葉を口にしていますが、彼が自首しようとしまいと明智にとってはどうでもいいことなのではないかと感じました。
明智小五郎は警察も信頼を置く名探偵、という設定ですが、犯罪者の側に回ったら誰よりも恐ろしい犯罪者になるのではないかと思います。

人間って暇を持て余すとろくな事を考えないものなんだと感じました。
暗く幻想的な乱歩の独特の世界観を堪能できる作品です。


江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者 (光文社文庫)

江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者 (光文社文庫)

  • 作者: 江戸川 乱歩
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2004/07/14
  • メディア: 文庫



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コメント 2

駅馬車

そういえば20年以上前に読んだような気が。

すっかり忘れていましたけど、苦しんでから死んでしまうまでの描写を思い出しちゃいました。
結構引き込まれるように読んでしまった覚えがあります。

たしか天井から毒を落として暗殺するのは007でも出てきますね。
これが元かしら?

by 駅馬車 (2010-02-01 10:35) 

リュカ

>駅馬車さん
私も小学校の図書室で読んだ記憶があります。

あの描写は乱歩の実体験なんじゃないかと思ってしまうほど、真に迫るものがありましたね。
改めて読み返すと凄い話ですよね><;

007にも同じようなトリックありましたね。
元ネタなのでしょうかね。
by リュカ (2010-02-02 21:20) 

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