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ライトノベル『月の光はいつも静かに』 甲斐透 [小説]

表題作『月の光はいつも静かに』と『街の灯は黄水晶色にあたたかく』の2編から成るファンタジーノベルです。
作者・甲斐透さんのデビュー作でもあります。

オルロア国王直属の遊撃隊で逸れ者の集まりでもある「黒龍隊」。その隊長ゼルス・ダガンの下に預けられたのは、伯爵家の次男として生まれたアドリアン・フィルクス。近衛隊に正式に入隊するまでの3ヶ月間、アドリアンは黒龍隊に馴染んで軍人として勤めた後、近衛隊へ転属して行った。
それから3ヶ月。近衛騎士となったアドリアンはタリム公国の公女・イファと駆け落ちをした。タリム公国とオルロア王国とは緊張関係にあり、イファは人質同然の身であった。北方諸国に不穏な動きが見られる中、ダガンは宮宰・マロリーから極秘の内に2人を連れ帰るように命じられる。イファの真意は、タリムへ帰って身分違いの想い人と結ばれる事であり、アドリアンはイファに利用されているだけだと知ったダガンは2人を追って、タリムへ続く砂漠でアドリアンとイファを発見する。イファの真意を告げ戻れと諭すダガンにアドリアンは剣を向けた。「利用されているなど最初から知っていた。イファを逃がして自由にし、僕も自由になるんだ」と。
アドリアンは何故、爵位も領地も名誉も婚約者さえも捨て、利用されていると知りながら駆け落ちという行動に出たのか。アドリアンが天性の素直さと明るさの底に秘めていた想いとは、そして悲痛なそれを聞いたダガンは……。
(表題作『月の光はいつも静かに』)

逸れ者集団である黒龍隊の面々の、人の気持ちを汲むことが出来る優しさにジーンとしました。黒龍隊は平民や移民出身者、貴族の家柄でも庶子であったり、素行の悪さを理由に正規の隊から弾かれた者達の集まりです。身分制度が重く圧し掛かっているこの世界で、蔑まれ弾かれた彼らは、だからこそ人の痛みがわかるのだろうと思います。
そして、流浪民の血を引くダガンが地位や栄誉を望みながらも手に入れられないのと同様に、アドリアンにも強く望んでも手に入れられないものがありました。伯爵家に、しかも次男に生まれてしまった彼は病弱で、常に優秀な兄の影で孤独な幼少期を過ごします。そして兄が急死し突然その手に押し付けられた数々のものは、アドリアンの孤独を深めただけでした。18歳のアドリアンが望んだ事は、フィルクス家嫡男としてではなくアドリアン自身を見てもらう事。自分の存在意義を探す悲痛なまでの想いに胸が痛みました。そしてアドリアンを追ったダガンが聞いた彼の叫びとダガンに向けられた剣。止む無く剣を抜いたダガン。秘かにアドリアンの境遇を羨み、得られない地位や栄誉を諦めたダガンと、無理矢理にでも自分の自由を得ようとしたアドリアンの平行線を辿る会話、そして「結局誰一人僕を、アドリアン自身を必要としてはいなかった!」という叫びに胸が痛みます。そしてイファを連れ戻し城へ報告を終えた後、自分の行動を悔やむダガンと、黒龍隊士のハルが「隊長のした事は間違ってなかった」とさりげなく彼を励ますシーンに胸が熱くなりました。
幼い頃からの自分の境遇と今の想いを綴り、「自分をアドリアンという名のただの一兵卒として扱ってくれたダガン隊長と、黒龍隊の先輩達が大好きでした。」と始まるダガン宛のアドリアンの手紙に涙が滲みました。

「理想の自分に近づくために、今までの自分を否定する必要はない。二つは相反するものではない。同じ一つの道の上に、つながっているはずのものなのだ。」
とても印象に残ったダガンの独白です。
なりたい自分になるべく努力し、真っ直ぐに生きている自分自身を認めてあげられれば、何があっても生きていく光になるものなんだと思いました。


月の光はいつも静かに (新書館ウィングス文庫)

月の光はいつも静かに (新書館ウィングス文庫)

  • 作者: 甲斐 透
  • 出版社/メーカー: 新書館
  • 発売日: 2001/01
  • メディア: 文庫



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