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時代小説『幕末新撰組』 池波正太郎 [小説]

新撰組二番隊隊長で明治維新後も生き抜いた永倉新八の生涯を綴った物語です。

いたずらざかりの腕白小僧の永倉栄治(新八)は、松前藩士で定府取次役の父の意に反し剣術に明け暮れていた。やがて十九歳の時家を飛び出し剣術修業で各地の道場を渡り歩き、三年後に試衛館の近藤勇達と出会う。
時代は徳川第十四代将軍家茂の時代。海外諸国の脅威にさらされ幕府の維新は地に落ち、世の中は殺伐とした空気に包まれていた。将軍家の擁護と京都の治安を守る為に結成された浪士隊に永倉は近藤らと共に参加し京都へ向かう。実の所は倒幕の為に結成されたと言う浪士隊から決別し永倉や近藤は京都に残り、数々の事件を経て「新撰組」として名を馳せていく。
だが、時代の波は維新へと動く。第十五代将軍慶喜は政権を朝廷へ返上、徳川を徹底的に滅ぼそうとする薩長の維新軍によって、新撰組は賊軍の汚名を着せられ敗走し散り散りになってしまう。流山で近藤と袂を分かった永倉は会津へ向かおうとするが……。
時代は明治へと変わり江戸は東京へと名を変えた。永倉は杉村義衛と名を変え北海道へ渡り家庭を持つ。その後も東京へ出てきては役人達に剣術を指導し、また新撰組隊士殉難の墓碑を建て、新撰組が賊軍では無い事を証明した。
孫も生まれ、北海道の地で七十七歳で天寿を全うした永倉は「悔いは無い」と微笑み言い残したという。

新撰組をよく知らない人には永倉新八の名はあまり馴染みがないかもしれません。新撰組結成当初からの中心人物で、副長助勤、二番隊隊長を務め、剣の腕は近藤や沖田以上と言われていたようです。
大河ドラマで取り上げられるよりも前から(ここ重要です・笑)新撰組が大好きで色々な資料や小説、漫画を読んでいるのですが、面白いのは新撰組を扱った創作物では作者によって人物像がかなり異なる事です。
この作品では、永倉は典型的な江戸っ子気質を持った人物として描かれていて、剣術にも新撰組としての活動にも、恋愛事にも一途で一本木、そしてうじうじと悔いたり根に持ったりしないカラリとした性格をしています。これは、惚れた女性を巡ってわだかまりのあった幹部隊士・藤堂平助との間に生まれた友情によく現れています。
剣のみを手に己の信じる道を考え行動する熱い生き様、自分以外の人間全てを人生の師として接する謙虚で生真面目な姿はとても魅力的で惹きつけられました。
一方、そんな永倉と対照的に、局長の近藤は新撰組の地位が上がると共に、結成当初の爽やかさを無くし慢心し驕り高ぶり、永倉に「成り上がり者」と腹の内で言われてしまうような人物として描かれています。あくまでも永倉の目を通しての近藤像ですが、新撰組を題材にした創作物では主役級で潔い好人物として描かれる事の多い近藤のこの作品における慢心ぶりは、江戸っ子気質を生涯無くさなかった永倉と好対照でいて、また時代と共に変わり行く新撰組の姿を映し出しているようでもあります。

激動の時代を生きる永倉ですが、彼にはあまり「名を上げよう」とか「国を動かそう」といった功名心の類は見られません。「自分に出来るのは剣術のみ」として、高尚な思想ではなく、等身大の自分として出来る事を考え実行し、世相や境遇に振り回される事無く生きる姿には時代に対する憂いは無く、殺伐とした時代の物語でありながら、明るい爽やかさを感じさせてくれます。
結成当初から戊辰戦争まで新撰組の興亡の只中に生き、明治維新後も新撰組として生きた事に誇りを持っている事が伺えて、彼の生き様はまさに「悔いは無い」ものだったんだろうなと思わせてくれました。

「明治維新なんてものはね、つまり薩長たち雄藩と徳川の争いさ。いまのような文明開化の世が来たのも、そいつは時勢というやつでね。つまりは日本国民がえらいのだよ。」
一番印象に残った永倉の言葉です。似たような事を晩年、孫にも語っています。
明治維新は、歴史の授業では「封建制度を終わらせ近代的な日本を作り出した革命」というふうに教わった記憶がありますが、国はそれだけでは動かない、革命の為戦った人達だけでは国は動かない、「自分達は日本人であるという誇り」を持った国民がいて初めて国は成り立つのだという事、永倉のこの言葉は、激動の時代を生きた彼にとっても、平和な現代を生きる私達にとっても、変わる事のない、変わっちゃいけない大切な事なんだと感じました。


幕末新選組<新装版> (文春文庫)

幕末新選組<新装版> (文春文庫)

  • 作者: 池波 正太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/01/10
  • メディア: 文庫



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froro

面白いですよね…(^-^)私もずいぶん新撰組(新選組って書く方が好き)読みあさりました。
好きなのは何度も何度も 読み返してしまいます。
昭和に書かれた新選組関係、元は、子母沢寛さんの新聞記者らしい、
記事のような 始末記や遺聞が土台になっているんでしょうね
でも作家さんによって とらえ方が、リュカさんの云われる通り
すいぶん違ってて…… 
司馬さんの書かれ方が私は、一等好きです。
新八さんや斉藤一さんや 長生きされたもと隊士さんたちの
晩年のエピソードとか 面白いです……
池波さんは 藤枝梅安シリーズが大好き!

眠る前に素敵な記事に会えて(*^-^*)嬉しい♪おやすみなさい…


by froro (2009-02-06 01:44) 

駅馬車

新撰組というと近藤とか沖田が中心の話が多いですが、普段は日が当らない人物の話も面白いですね。
史実と違う表現が出てくるのは面白いけど、そのイメージが定着しすぎると困りますよね。
沖田なんて結核で亡くなっているから、細身の美少年風にかかれることが多いですが、実際にはえらが張ったがっしりした体格のようですし(^^;

永倉新八って人は等身大というのはぴったりな感じですね。
自分の役割をよくわかっていたんでしょうね。
by 駅馬車 (2009-02-06 10:54) 

リュカ

>froroさん
新撰組お好きですか*^^*
子母澤寛さんの始末記の印象が、一番流布してるイメージの元になっているみたいですね。
司馬遼太郎さんのは名作ですよね!
維新後も生きた元隊士さん達の晩年のエピソードも面白くて、それぞれが新撰組隊士だった事に誇りを持っていたのが伺えて嬉しくなります^^
藤枝梅安シリーズも一つ読んだ事があります。面白いですね!

「素敵な記事」と言って頂けて嬉しいです〃▽〃

>駅馬車さん
やっぱり近藤や土方、沖田の方が物語としては盛り上がるんでしょうね。好きでないと知らないような人物の話も面白いですよね。
創作物が史実から一人歩きしてしまうのは確かに困り者かもしれないですね^^;
沖田は実際には美少年ではなかったようですね。「色黒でヒラメ顔」って書かれている文献を見つけて「ヒラメ顔ってどんな顔よ!?」と困惑した覚えがあります^^;

高い理想を掲げて走る姿はかっこいいですが、自分が出来る事に全力を尽くす姿もかっこいいですね。
by リュカ (2009-02-07 21:29) 

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