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小説『魔王』 伊坂幸太郎 [小説]

伊坂幸太郎さんの2編の中編から成る作品です。

『魔王』
会社員の安東は子どもの頃に事故で両親を亡くし弟の潤也と暮らしていた。潤也の彼女の詩織と3人で過ごす平穏な日々の中、安藤は自分が不思議な能力を持っている事に気付く。自分が念じれば、相手に念じた事を口に出させる能力。秘かに幾つかの実験を行いその力について把握した安藤は、その力で世の中の流れを変えようとある男に近付いていく。強いリーダーシップを発揮し、歯切れのよい発言にカリスマ性を備え絶大な支持を得ている若手政治家・犬養。かつての独裁者・ムッソリーニを思わせる犬養の言動に煽動され、考える事を放棄し示された方向へ進んでいく人々の姿に安藤は不安を感じていた。そして、犬養の街頭演説が勤める会社の近くで行われる事を知った安藤は、自分の能力を使って犬養の言葉を操るべくその場所へ向かう……。

『呼吸』
『魔王』から5年後。安藤の弟・潤也は詩織と結婚し仙台で暮らしている。新聞やテレビと言った情報源のない生活を贈る2人は、犬養が首相になった事も知らずにいた。詩織の勤める会社では、国民投票の議題でもある憲法9条改正の是非について議論が交わされていた。一方潤也は自分の不思議な能力に気付く。誰とじゃんけんをしても決して負けない事に気付いた潤也は、じゃんけんだけでなく競馬でも勝ち続ける。「10を超えない選択肢においての勝負なら負けない」能力に気付いた潤也は詩織に隠して通帳に大金を蓄えていった。潤也を遠く感じ詩織は不安を抱く……。

印象的な台詞の数々が目を惹きます。
「考えろ、考えろ」
「覚悟は出来ているのか?」
「ネットの情報でも何でもいいけどな、頭にちゃんと入ってなけりゃ知識でも知恵でもなんでもないぞ」
「でたらめでもいいから、自分の力を信じて、対決するんだ」
「大きな洪水は止められなくても、その中でも大事な事は忘れない」
「おまえはおまえが誰かのパクリではないことを証明しろ」
etcetc……
これらは全て台詞の対象者だけでなく、読み手である私にも突きつけられた言葉のように感じました。
『魔王』が世に出たのは'04年の事ですが、これがフィクションでありエンターテイメント小説だという事を忘れさせるくらい、現代の日本の姿によく似ていて、正体のよく解らない「世論」や「情報」に流され暴走する人々を始めとする集団の姿に改めて恐ろしさを感じました。シューベルトの歌曲『魔王』から採られたタイトルだそうですが、あの曲のおどろおどろしい雰囲気によく似た世界が繰り広げられています。
安藤兄弟が得た力はささやかなもので、もしかしたら単なる偶然や妄想にすぎないのかもしれません。ささやかな超能力をもとに行動した安藤兄弟、5年後の潤也の言葉をも操っているかのような安藤、強烈なカリスマ性で権力を握った犬養、煽動され暴走する人々、強大な時代の流れ……果たして「魔王」の正体は何なのでしょうか。
個人的な解釈ではありますが、「魔王」の正体はこれら全てなのではないかと思います。これらはみな単体では存在し得ない、繋がり内包された存在だからです。
情報や世論、上辺だけの言葉や信念、時代の流れ、そういったものに流される「魔王の一部」にならないためには、自分で考え自分で選ぶ事、それが出来るだけの心の強さを持っていないといけないんだと感じました。そして心の強さを持つには、自分で常に考え得た知識や知恵に自信と責任を持てる事だと思いました。


魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2008/09/12
  • メディア: 文庫



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コメント 2

ミナモ

悪く言えば、あくまで娯楽小説なのだから…と思いながらも結局気迫負けといいますか、ものすごくこの物語にのめり込みました。
”流れ”に逆らうことは生半可なことではないけれど、それでも安藤兄弟を見ていると頑張ってみようか、という気持ちになりました^^///
by ミナモ (2008-11-05 14:27) 

リュカ

そうなんです、娯楽小説だって事忘れてのめり込んじゃいますよね~。
流されないでいる事ってホントに難しいですが、立ち向かう安藤兄弟の姿には勇気づけられますねo(^-^)o
by リュカ (2008-11-06 10:07) 

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