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小説『スプートニクの恋人』 村上春樹 [小説]

'99年に出版された村上春樹さんの長編小説です。

大学生の頃、ぼくは同級生のすみれに恋をしていた。すみれは救いがたいロマンチストで頑固で世間知らずな女の子で、いつも怒っているかのような話し方をし、化粧っ気は全く無く女の子らしい服もほとんど持っていない。そして、アメリカの作家ジャック・ケルアックの小説に憧れて、ワイルドでクールで過剰になるべく髪の毛をくしゃくしゃにしたり、黒い伊達眼鏡をかけ睨む様にものを見る。作家を志すすみれは大学を中退。アルバイトと親からの仕送りで一人暮らしをしている彼女に、ぼくは友人以上にはなり得ないと感じていた。すみれは恋をした事などなかったし、恋をしたいと思ったことも欠片ほどもなかった。もしあったとしても、それは文学的好奇心でしかないとわかっていた。すみれは恋とは縁もゆかりもない世界に身を置いていた。
ところが、すみれは22歳の春、貿易商を営む17歳も年上のミュウという女性に恋をする。洗練された物腰のミュウに激しく惹き付けられたすみれは、ミュウの仕事を手伝いヨーロッパを巡る。ある日すみれはミュウへの想いを果たそうとするも、ミュウが過去の不可解な事件から誰の求愛も受け入れられない事を知る。ギリシャの小島でその事を知ったすみれはやがて失踪する。卒業し小学校の教師になっていたぼくは、失踪したすみれを探しにギリシャへ向かい、この世のものとは思えないミステリアスな体験をする―

村上春樹さん独特の世界に冒頭から惹きこまれました。失ったものや得られないものに対すると欲求と慣れとの危ういバランス、個性的で絶妙な比喩にどっぷりと村上春樹ワールドに浸れます。
タイトルの「スプートニク」とは、ライカ犬とわずか10日分の餌を乗せて帰る手段の無い旅に出た旧ソ連の人工衛星の名です。作中の人物達が抱える孤独をより一層際立たせてくれる悲しい存在だと感じました。
村上春樹作品に頻繁に登場するキーワードでもあります。孤独、喪失、不在。村上春樹さん自身が深い孤独を抱えているのではないかと感じます。
そして、すみれの20代にして初めての恋、女性が相手である事に戸惑いつつも幸福を感じ、止められない想いのままに突き進むすみれの激しさは羨ましくさえあります。望むものを得ようと渇望し、得られないとわかったすみれは失踪、その行く先はわからないままです。すみれを探しにギリシャへ渡った主人公も、すみれが迷い込んだと思われる異世界のような不可思議な場所に一瞬足を踏み入れますが、それが何だったのかは不明なまま主人公は帰国し、ラストですみれが帰ってきてもどこにいたのかはわからないまま。ですが、それでいいのだと思います。異世界のような精神世界のような、読み手それぞれのイメージした世界がそれぞれ正しいのであって、作者の提示する明確な答えがあってはこの作品の魅力は半減してしまうと思いました。もしかしたら、すみれが主人公のもとへ帰って来た事さえ現実世界の出来事ではないのかもしれない、そんな見方も出来るのではないでしょうか。
自身の半分を失ったミュウ、そんなミュウを愛し求め、得られずに主人公のもとへ現れたすみれは、序盤よりも幾分か女らしく、というか人間らしくなっているように感じました。あるいはそれは前述のように主人公の妄想なのかもしれません。

程度の差こそあれ、誰もが孤独や喪失感を抱えていると思います。埋められないままにそれに慣れたふりをして日々を送るのか、埋めようと渇望して暴走するのか、何かを代替にして自身を誤魔化すのか。どれもが正しいそれぞれの生き方であって、それなら自分は何を求めどうしたいのか。読み終えた放心状態でそんな事を考えました。


スプートニクの恋人 (講談社文庫)

スプートニクの恋人 (講談社文庫)

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2001/04
  • メディア: 文庫



nice!(1)  コメント(6) 
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コメント 6

駅馬車

そういう話だったんですね。
私は人工衛星の方を知っていたので、その手の話なのかと(^^;
by 駅馬車 (2008-09-24 01:21) 

リュカ

スプートニク号、ご存知だったんですね。私はこの作品で知りました^^;
登場人物の会話に上るスプートニク号、回収されないまま軌道を回り続ける衛星と犠牲になった犬の姿と、登場人物達が抱える孤独が重なっていて、上手い使い方だなぁと思います^^
by リュカ (2008-09-24 19:22) 

froro

初めまして、ボトルメールが流れ着きました(*^-^*)

琴線にふれたもの‥‥‥沢山過ぎて、容量オーバーで困ってしまいます
またお邪魔します。
by froro (2008-09-30 01:19) 

リュカ

froroさん、初めまして!
ボトルメールからお越しですか*^^*ご訪問とnice&コメントありがとうございます!また是非いらして下さいね^^
琴線に触れるものたくさんご用意しておきます^^
by リュカ (2008-09-30 18:45) 

いが

はじめまして!ブログ村の更新記録を見てお邪魔しました。
とても読み応えのあるブログさまで、ブックマ-クに入れてじっくり読ませていただきたいと思います~。
さて「スプートニクの恋人」 コレ、結構好きです。そんでついコメントを入れたくなりました(^_^)ゞ
これって他の作品よりは主題がわかりやすいような気がして。
私もラストの電話は 主人公の心の中の出来事なんじゃないかと感じました。ただ「本当に帰ってきてるといいな」とは思います。「たったひとり、話せる友人も行方不明になってしまった」とにんじんに語った彼の孤独は胸が痛くなるほど辛そうでしたから。
友情か愛情かそれについては置いといて、彼らのような心の結びつきは理想というかうらやましいというか…。いろんな意味において心惹かれるストーリーでした。
長くてすみません。また寄らせてもらいます~
by いが (2009-04-13 13:14) 

リュカ

>いがさん
初めまして!
「読み応えある」なんて嬉しいお言葉ありがとうございます>▽<
舞い上がってます♪

『スプートニクの恋人』他の作品よりわかりやすいですよね。
すみれと僕の友情とも愛情とも名付けがたい関係は素敵ですね。すみれを失った主人公の孤独感が、にんじんを始めとする周りの人達の言葉に現れていて胸が痛みます。
いろんな読み取り方のできるラストですが、私も「本当にすみれは帰ってきた」んだといいなって思います。

素敵なコメントありがとうございます♪
また是非いらして下さいね^^
by リュカ (2009-04-13 20:57) 

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